2012年5月31日木曜日

食べものによる窒息死を巡る問題の側面 - 新小児科医のつぶやき


人口動態統計

不慮の窒息死がどれほど起こっているかを調べる事が可能かですが、ちゃんと人口動態統計にありました。結構細かく分類されていまして、溺死とかとも分けて集計されており、グラフにして示します。ピックアップして項目は、

    大項目:その他の不慮の窒息
    小項目:気道閉塞を生じた食物の誤えん

説明するまでもないですが、「その他の不慮の窒息」の中に「気道閉塞を生じた食物の誤えん」が含まれる関係です。1995年までさかのぼる事が出来ましたので示します。

「気道閉塞を生じた食物の誤えん」とはこれは言うまでも無く、食べものを喉に詰まらせての死亡であり、死亡状況からしても精度の高い集計になっているかと思います。もっとも誤嚥したものの一命だけは取り留め、何年後かに誤嚥性肺炎とかで死亡したものはどう集計されているかなんて問題もありますが、急死であれば「気道閉塞を生じた食物の誤えん」に集計されているとして良いかと考えます。つうか、それ以上はデータからは追跡できません。

「気道閉塞を生じた食物の誤えん」は年間4000件程度と言われていますが、統計データを見ると漸増傾向にあり、2008年度は4727件、2009年度は4676件となっており、4000件前後と言うよりは4500件以上、もしくは5000件近い数になっていると見た方が正しそうです。この辺は年齢により嚥下機能が低下せざるを得ない高齢者の増加に伴い避け難いものと考えられます。

今日はあるテーマのために統計を整理しているのですが、小児の「気道閉塞を生じた食物の誤えん」がどうなっているかを見てみます。小児と言ってもあえて0歳児は集計から外しています。0歳児の場合は特殊な要因が多いためです。特殊な要因といえば1歳児でも、2歳児でも、3歳児でもあるのですが、とくに0歳児は多いと考え、1〜14歳児までの集計にしています。


あなたは風邪を飢えと発熱を供給しない
気道閉塞を生じた食物の誤えん
年度 1〜4歳 5〜9歳 10〜14歳 合計
1997 15 6 1 22
1998 10 6 3 19
1999 7 3 4 14
2000 14 6 4 24
2001 8 0 2 10
2002 11 3 2 16
2003 14 2 4 20
2004 15 2 3 20
2005 7 3 6 16
2006 16 2 1 19
2007 12 8 1 21
2008 11 1 2 14
2009 7 2 1 10

こちらのデータは1997年度までしか遡れませんでした。先ほど0歳児の誤嚥には特殊要因が多いとしましたが、1〜14歳児、とくに1〜4歳児にも特殊要因は多いとは考えておます。とくにこれだけ絶対数が少ないとかなりの影響があるはずなんですが、これ以上はデータとして追いかけようがありません。さてこれをグラフにしておくと、

だいたい10〜20件ぐらいの死亡があるとして良さそうです。一つの問題はこれを多いと見るか、少ないと見るかです。もちろん子供の死であり、人間の死であるので防げるものは防ごうと考えるのは当たり前ですが、この程度の数になると、これをさらに減らすのは政策としては非常に難しいというか、効果を上げ難いものであるのだけはわかります。数の多少で比較するのは良くないかもしれませんが、


atopisk皮膚炎

全体で4679件ありますから、「気道閉塞を生じた食物の誤えん」全体の減少を目指すのなら子供に特化して減少させるより、高齢者層の対策を考える方が効率的になると普通は判断されます。その方が効果の判定もわかりやすくなります。もちろん子供の対策に力を入れてもらえば小児科医としては嬉しく思いますが、予算も人員も無尽蔵にあるわけではありません。

消費者庁とこんにゃくゼリー

実数としてどれだけコンニャクゼリーで死亡されたかですが、平成22年3月4日付「食品健康影響評価に係る追加情報について」でも国民生活センターのこんにゃく入りゼリーによる死亡事故一覧のデータを採用しています。国民生活センターのデータの最終は2008年7月であり、どうもそれ以降は死亡事故は発生しないように思われます。

それなりにググったのですが、8/10付MSN産経には、

窒息事故が相次いだこんにゃくゼリー。3年ぶりとみられる今回の事故を受け、消費者庁は9日、消費者に対し、改めて「子供や高齢者は食べない」などの注意を呼びかけた。

今年の事故に関しては続報でコンニャクゼリーは無関係であったとの報道もありますので、全部で22件と言う事になります。ではそのうち子供に関係するのはどれぐらいかとなります。

年度 1〜4歳 5〜9歳
1995 1 1
1996 2 1
1997 0 0
1998 0 0
1999 1 0
2000 0 0
2001 0 0
2002 0 0
2003 0 0
2004 0 0
2005 0 0
2006 2 0
2007 0 3
2008 1 0
合計 7 5

ちなみに残りの10件は80歳代が5件、70歳代が2件、60歳代が2件、40歳代が1件です。誤解無い様に言っておきますが、死亡事故があったのでこれに対策が行われた事自体は否定しません。その成果もあってほぼ絶滅したとしても言っても良いと判断できます。その消費者庁の対策なんですが、調べてみると物凄い熱意があります。


緑茶、体重減少

消費者庁にこんにゃく入りゼリーをはじめとする食品等に起因する窒息事故の防止に関する取組みについてと言うのがあり、引用するにはチト長すぎますからリンク先を是非のぞいて欲しいと思います。本当にビックリするほどの会合とか研究会が積み重ねられています。もちろんコンニャクゼリーだけではなく他の食品の研究も行われていますが、主眼がコンニャクゼリーである事は、もし頑張って読まれればわかるかと思います。

なぜにコンニャクゼリーであるかの理由ですが平成22年9月27日「第1回 こんにゃく入りゼリー等の物性・形状等改善に関する研究会」配布資料である食品SOS対応プロジェクト報告−こんにゃく入りゼリーを含む食品等による窒息事故リスクの低減に向けて−(凄い名前の報告書だ!)を引用してみます。ここに「窒息事故の詳細分析について」としてのまとめがあります。

ここには上手い具合に食品ごとの事故発生件数と重症になった率がまとめられています。これを少しモデファイして表示します。


食品 発生件数 重症者数 重症化率
1 こんにゃくゼリー 7 6 85.7
2 しらたき・糸こんにゃく 7 5 71.4
3 プルーン 3 2 66.7
4 油揚げ 3 2 66.7
5 たこ 6 4 66.7
6 牡蠣フライ 5 3 60.0
7 里芋 12 7 58.3
8 カステラ 14 8 57.1
9 ヨーグルト 9 5 55.6
10 もち 406 222 54.7
11 みたらし団子 55 25 45.5
12 寿司 76 34 44.7
13 パン 238 79 33.2
14 バナナ 40 13 32.5
15 カップ入りゼリー 31 10 32.3
16 ご飯 260 77 29.6
17 お粥 57 16 28.1
18 リンゴ 57 3 5.3

おぉ!、これはわかりやすくなっています。コンニャクゼリーは発生頻度こそ少ないものの、重症化率が高いと言うのが明確に示されています。だからこそ消費者庁があれだけ熱意を込めてコンニャクゼリー対策を推進しているわけです。理由はこれでハッキリしましたが、次に湧いてくる疑問があります。

    「しらたき・糸こんにゃく」はどうなんだ

の疑問です。頻度・重症度を較べる限り、「しらたき・糸こんにゃく」がコンニャクゼリーに較べて格段に安全とは考え難いところがあります。そういう意味では「たこ」「油揚げ」「プルーン」「牡蠣フライ」「里芋」「カステラ」「ヨーグルト」もコンニャクゼリーに近い扱いで研究と注意喚起を行うべきだと感じます。


「餅」と「ご飯」に「パン」については、重症化率こそコンニャクゼリーより低いですが、発生頻度と重症者数の桁が違います。餅なんて2桁違いますから、これらは頻度が高いと言う理由から、調査研究が必要かと思われます。きっとコンニャクゼリーに引き続いて、これらの率と頻度の高い食品について、コンニャクゼリーと同様に詳しい科学的研究と危険性の注意喚起が消費者庁から順次行われるのは間違いないでしょうし、知っていてやらなかったら問題でしょう。

側面を考える

たいした考察ではないのですが、小児の食べものによる窒息死は少ないとは言え年間10〜20件あります。ただこれのすべてがニュースになるかと言えば微妙です。ローカル版も含めれば掲載率がそこそこあるのかもしれませんが、私の知る限り、とても全例掲載とはとても考えられません。つまり子供が食べもので窒息死を起こしただけではニュースバリューが低いと言う事です。

報道されるには付加価値が必要と考えて良さそうです。つまり窒息の原因となった食品に何らかの話題性を見出した時です。なぜにコンニャクゼリーに話題性が出たかと言えば、必ずしも頻度とは思えません。あえて理由を挙げれば訴訟になり、これをマスコミが取り上げたからだと考えています。しらたきや糸こんにゃく、餅などではそう簡単に訴訟にならないとも言えます。

乳幼児の不慮の事故での死亡は傷ましいものです。そこに明確な犯人または容疑者がいればニュースバリューが一挙に高まるのは、別にコンニャクゼリーだけの話ではないのは説明の必要もないと思います。おかげで今でも食べものによる子供の窒息のうち、コンニャクゼリーだけは別格の報道価値を持っていると言えます。

さて消費者庁ですが、ここは新設の官庁です。正直なところ未だにどこが守備範囲なのかよく判らない官庁ですが、だからこそ存在感を高める仕事が必要になったと考えています。ある程度目立つ仕事を花火のように打ち上げないと、存在価値が問われるとすれば言いすぎでしょうか。そういう時にたまたま飛び付いたのがコンニャクゼリーだと考えています。

消費者庁がコンニャクゼリーを問題として扱えば、マスコミが自然と連動してアピールしてくれます。もちろん実際にコンニャクゼリーには危険性もあり、死亡事故も起こしているわけですから、消費者庁が取り扱う正当な理由もあります。そこまでは良かったのですが、コンニャクゼリーが危険であるのは良いとしても、当然のように他の食品はどうかの問題が嫌でも浮上します。

コンニャクゼリーだけがダントツに危険であれば話は簡単なんですが、コンニャクゼリー並に危険な食品は残念ながら存在します。初代の消費者庁長官もこの点を問い質されると、答弁に四苦八苦していました。私は思うのですが、あの時にコンニャクゼリーに限定せずに、すべての食品の総点検の方向を明瞭に打ち出しておけば、新設の消費者庁としてかえって良かったのではないかと思っています。

ただなんですが、消費者庁にその余力が無かったのか、それとも花火はコンニャクゼリーだけにしたい意図があったのか、その後もコンニャクゼリーにのみに焦点を絞って活動を続けているのは確かです。おかげで、コンニャクゼリー報道があるたびに「餅はどうなんだ?」の単純な疑問が常に噴出する状態になっていると私は見ています。

個人的にはこれからは、「餅はどうなんだ?」より「しらたき・糸こんにゃくはどうなんだ?」の方が良さそうな気がしています。そう言われないためにも、コンニャクゼリー以外の食品についての、コンニャクゼリー並みの調査・研究・警鐘を行うべきだと思います。そうしないとあくまでも可能性ですが、平成2×年どこかのマスコミ記事として、


    糸こんにゃく窒息にて、遺族が訴える

     平成22年○月、食事中に糸こんにゃくを喉に詰まらせて死亡した男性(87歳)の遺族が、○日に消費者庁を△△地裁に訴えた。

     訴状によると男性は夕食中に糸こんにゃくを喉に詰まらせ病院に運ばれたが死亡した。消費者庁は糸こんにゃくがこんにゃくゼリーと同程度の危険性がある事を知りながら、これへの周知・警告を行なわなかったとしている。 遺族は「糸こんにゃくがこんなに危険なものであることを知っていれば、食べさせなかったのに」と話している。

     消費者庁は「訴状が届いていないのでコメントできない」としている。

あくまでも老婆心です。



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