次のような解説があります
心の病気概略 福岡大学名誉教授 西園昌久
心の病気にはたくさんの種類がありますが、以下に代表的な心の病気の症状について述べます。
不眠(睡眠障害)
不眠にもいろんな型があります。
「寝つきが悪い」のは不安と関係していて大抵神経症です。
心配のしすぎで神経質になっておられるためです。
睡眠導入剤が処方されますが、なるべくのまなくてすむように耐えてみる心も必要です。
寝つきが悪くても朝起きる時間は決めて実行するというやり方が寝つきをよくするのにつながります。
急性の激しいストレスや悩みのときは大抵一過性ですが、「寝つきが悪い」だけでなく、「いつも目が覚める」「ほとんど眠れない」ことも起こります。
こうしたときは睡眠導入剤を使ってぐっすり眠れるようにいたします。大抵一過性ですから、薬を使っても習慣性にならないでやめることができます。
「夜中よく目が覚める」「明け方早く目が覚める」場合はうつ病とかアルコール依存が考えられます。
うつ病の場合はもともとの病気の治療をすれば睡眠障害は比較的早くよくなります。
アルコール依存の場合は、アルコールで麻痺していた脳がアルコールが切れてかえって興奮して目が覚めるのです。
「アルコールで3分早く寝つけるが、30分早く目が覚める」といわれますが、アルコールをやめるか減らすかが必要です。
脳動脈硬化症の場合も朝早く目が覚めることがあります。
睡眠時間が極端に短くなって4~5時間で起きる方がありますが、これはほとんど躁病の場合です。その治療をせねばなりません。
昼夜逆転の生活になっている人は無気力青年といわれる人格障害の上に起きた不適応反応の場合もありますが、精神分裂病のときにもあらわれることがあります。
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不安
急性に不安発作が起こり、死の恐怖や発狂恐怖が生じることがあります。
大抵、心悸亢進、頻脈、呼吸困難、冷汗などもともないます。
不安発作が頻発するとそのような苦痛がおこることをおそれる予期不安のため外出ができなくなることがあります。
このごろではパニック障害といわれています。
それほどひどくなくても、常時不安でいろんなことが気になり自信をなくす慢性不安のこともあります。
こうした不安症状は大抵抗不安剤で軽くなります。
パニック障害にはある種の抗うつ剤がよく効きます。
しかし、多くは精神的葛藤が原因にある神経症ですから、薬だけでなく精神療法が必要です。
本人はそれほど不安を意識していないのに、不眠、疲れ、全身のけだるさ、肩こり、背中の痛み、下痢、集中力困難、気力のなさなどを訴える方があります。
これはいわゆるストレス症状です。
長期間にわたるストレスのためのもので、やはり不安が体に現れた症状です。
薬も効果はありますが、それより休養と生活の点検、それに積極的に生活する心を取り戻して、体を動かすこと、スポーツをすることが必要になります。
さらに、体のいろいろな部位の故障感、あるいはいわゆる不定愁訴も不安のあらわれです。
体の症状といえば、神経系統には医学的に異常はないのに、目が見えない、立てない、歩けない、喋れない、全身けいれん、感覚麻痺といった症状があらわれることがあります。
転換ヒステリーといわれるものです。不安を体の症状に置きかえたと理解されています。
この転換ヒステリーと非常に近い関係にあってよく両者が一緒にあらわれてくるものに解離ヒステリーといわれるものがあります。
圧倒的に困った状況にさらされて解決の方法がすぐには見つからないときに、自分の名前や住所までわからなくなったり、そうした自分を忘れたままで遠くへ行ってしまったり、ある期間の記憶がなくなるといった病気です。
最近では、同じ人があるきっかけで別の人のような意識と振る舞いをする多重人格があらわれたことが報告されています。
こうした症状のときは薬は効きません。実際に困っていることと心の内側の不安を解決するために精神療法が必要です。
不安には恐怖症や強迫神経症もあります。両者はよく似ていますが、前者は外出恐怖症や動物恐怖症に特徴的なように、不安に圧倒されてその場面に出ていけません。
強迫神経症は、不潔恐怖のための手洗強迫、確認強迫、ある数を頭の中に思い浮かべる算用強迫などのように、自分ではわかっているのにやめられないという特徴があります。
この両者には最近症状をやわらげる薬が開発されてきていますが、根本的には回避したりこだわったりする人格を精神療法でよくすることが必要です。
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抑うつ
抑うつ症状で悩まれる患者さんは非常に増えています。
昔は中年以降でしかも同じ家系内から発病することが多いというのが特徴的でしたが、今は若い人、中には小学生、中学生にでも起き、しかも環境と上手く適応できないという心理的原因で生じているというのが殆どといわれています。
症状も多彩で、身体の症状と精神症状が混在します。
1)寝つきは良いのに朝早く目が覚める
2)食欲がなくて急に3kgも4kgも痩せた―これは内分泌系統の障害のために起こったものです
3)胸苦しい
4)インポテンス・月経不順
5)体がだるい、ことに朝が悪い
6)憂うつ・不安
7)望みがもてない
8)おっくうで人に会いたくない
9)決断ができない
10)昔のことを思い出して自分を責める、人に申し訳ない、人に非難されている
11)死を考える
うつ病にかかる人は、よくいわれるように性格の特徴があります。
几帳面で融通のきかぬ性格であったり、絶えず身内の人の支持を求めつづける傾向の強い人です。
こうした性格の人は、子どもの時両親のどちらかを失ったとか、別れて過ごしていたとか、苦労があったとか、現在の状況に安んじておれない体験をしていることが多い特徴があります。
発病もそうした性格を支えきれない状況で生じていることが多くみられます。
うつ病の治療には、休養と抗うつ剤の服用、そして家族のあたたかい支援が必要です。
症状が重いとき、すなわち、不安や焦燥が強く自殺の心配もあるとき、面接でも落ちこみがひどくて会話にならないときや家族が留守をされて患者さん一人で家におらねばならないときは入院していただいたがよいでしょう。
うつ病の3/4の人は外来治療で数ヶ月もすれば治ります。
しかし、症状がとれた後も少量の薬は半年あるいは1年服用された方がよいでしょう。
1/4の方は慢性に移行することがあります。
アルコールがやめられず肝臓が悪かったり、会社の勤務に誇りを失ったり、ご夫婦の長年の対人関係にいびつさがあったり、あるいは高齢になって衰えに敏感になったり、身内の方をなくす不幸を体験されたりした後など、いろいろの原因が考えられますので、よくそれを見極めて治療することが必要です。
抑うつ症状は体の病気や他科の薬の副作用でも起きることがあります。すなわち、かぜ、高熱後、肝炎、脳卒中後、ときに癌のとき。薬との関係ではステロイド剤、避妊剤、降圧剤などです。
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対人関係の障害
多くは、引きこもって学校や会社に行けなかったり、友だちを避けたりします。
精神分裂病の自閉やうつ病の落ちこみのため以外に、登校拒否や無気力青年などにみられるような自分が傷つくことをおそれて負担になることから回避している場合があります。
最近では、若い人を中心に、情緒不安定で気にいらぬとことに家族に対して不機嫌、暴力をふるう人格障害が増えています。
些細なことにも傷つきやすく、まわりの人からの拒絶や無視に非常に敏感になっているのです。
逆に、陽気で自信に満ちあふれて、しばしば無遠慮に振る舞う躁病もあります。治療はそれぞれの病気を正しく診断して、それに合った治療が選ばれます。
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幻覚・妄想
若い人で幻覚・妄想が認められたら精神分裂病が心配になります。
「周囲が何か変」「監視されている・つけられている」「噂する声が聞こえる」「頭の中にテレパシーがかかる」「テレビが自分のことを放送している」などです。
殆どの場合、そんなことがないと家族が否定されても聴き入れてくれません。ますます被害感を強めて、誤った判断に固まります。
幻覚や妄想を直接訂正しようとすると効果がないばかりかかえって誤った考えを一層信じこみ、家族に不信感さえ生じますので、幻覚や妄想はただ聞いておくにとどめ、むしろ、体調や日常生活を話題にして受診をすすめられるがよいと思います。
精神分裂病の場合は幻覚・妄想ばかりでなく、自閉、興奮、日常生活の乱れ、無関心などの症状もあらわれることが殆どです。そうした幻覚・妄想以外の症状がないときには、診断は難しくなります。
中年にみられる妄想反応との区別が大事になります。
老人に、「財産を盗られる」「命を奪われる」「夜中に人が来ている」などといった妄想がみられることがありますが、脳の老化のため判断力が停滞して老人特有の心細い気持ちをそのように表現しておられるのでしょう。
こうした幻覚・妄想は原因となった病気が何であれ、ある種の薬がよく効きます。
もっとも、慢性分裂病の妄想で頑固なのがあってなかなか治らないのもままあります。
その場合には、薬で軽くするのを工夫するとともに、面接や生活指導で信頼関係を作って、妄想に動かされて行動しないよう支援してあげる必要のある場合があります。
精神分裂病の治療は、本人にもご家族にとっても、また担当する医療関係者にとっても根気のいるものです。
でも、今日では精神分裂病と診断された方の半分以上は外来だけで治療できます。幻覚や妄想が激しくそれに支配された言動があるとか、興奮しやすいとか、日常生活がひどく障害されているとか、薬をのまれないとか、ご家族に介護する方がいないという場合に入院していただきます。
95%の人は3~6ヶ月で退院できます。そのころには幻覚や妄想、あるいは興奮などはよくなっているはずです。
問題は、日常生活にハリがなくなってきびきびしないという無意欲状態が生じているときです。
同時に、幻覚・妄想まではないが社会をおそれる被害感が残っていることがあります。
したがって気長に、自信を取り戻すためデイケアあるいは外来に通院してアフターケアをしていただくことになります。
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意識障害や痴呆
意識障害にはいろんな種類がありますが、ふつう精神科で問題になるのはせん妄です。
軽い意識障害があって、注意の集中力が障害され、正しく事態を把握することができず、しかもその動揺がみられ、幻覚・幻聴・妄想などがみられることがあるのです。
せん妄は脳の障害を原因としてあらわれるもので、老人の場合、手術後、薬の副作用、あるいはアルコールの離脱症状としてあらわれます。
痴呆は、脳の病気のために脳細胞が侵され、そのため記憶、計算力といった知的能力の低下だけでなく、日常生活を円滑に営むこと、さらにはまわりの人との交渉能力、将来を見通す能力も障害されるのです。
痴呆をおこす病気として脳動脈硬化症とかアルツハイマー病が有名ですが、脳外傷や薬物の作用でも起きるのです。
せん妄と痴呆とは軽度のとき区別することが難しい場合があります。
治療としては、せん妄や痴呆を起こす原因となっているもとの病気を正しく判断し、その治療をすることが第一になります。
また、しばしば脱水や栄養障害がありますのでその補給をして全身の状態の改善に努めます。
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病識を欠くこと-病気であることを認められないこと
精神科の病気がふつうの体の病気とちがうことは、病気を患った方が自分の病気を認めようとしないばかりか、治療を勧めても拒否することがあることです。
病識がないといわれるものです。その態度はいろいろのちがいがありますが、病気のため判断がまちがっていることと、病気と診断されることをおそれ拒否することとが重なっていることがふつうです。
はじめ精神科受診を拒んでいた方も家族の根気よい支えと説得とで態度をやわらげて受診してこられるのは、病識を欠くということも人間関係次第で変化することを示しています。
精神科のすべての患者さんが病識がないというわけではありません。
神経症やふつうのうつ病では自分の病気の自覚があるのがふつうです。
精神病とされる人たち、すなわち幻覚や妄想など重い精神症状があるとき、ふつうの対人関係ができない場合、日常生活が著しく損なわれているときなどに病識をなくされていることが多いのです。
そんな場合でも治療で精神病症状がなくなれば病気の自覚も出てきます。
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心の病気の養生法 福岡大学名誉教授 西園昌久
精神科の病気は、素質、性格、それに思いがけない体験が重なりあってストレスとなり過剰な刺激が脳神経系の働きを損なって生じていることが殆どです。したがって、休養、薬、看護、作業療法、SST、社会復帰プログラム、家族の協力などいろんな角度からの治療が組み立てられます。